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ベッケンバウアーvsクライフが対峙した1974年、W杯西ドイツ大会。これを機に職場に「H2Oサッカー同好会」が産声を上げた。現・地域サッカー協会々長も一時在籍した連戦連敗ときどき不戦勝の迷門チーム。幹事のお蔭で、40年後の今もイレブンは繋がっている。脚は衰えたものの左党は健在。昨夜も白髪にハゲの面々が珍プレーを展開、往時に還った。その結果、龍のひげが真っ白の朝を炬燵で迎えてしもた。うぃ〜!




昭和を彩った3人に、泣けた。没年順に、田宮二郎(1978年12月・43歳)、横山やすし(1996年1月・51歳)、井沢八郎(2007年1月・69歳)。昨夜の「あのスターにもう一度逢いたい」(BS11)は、家族が明かす「白い巨塔」、やすきよ漫才、「あゝ上野駅」だった。ブラウン管でしか知らない個性の持ち主。その笑顔の奥には並々ならぬ踏ん張り、波乱と曲折があったことを改めて知った。




泣き笑いの五・七・五。「若作り 検診結果は 年相応」。15日、「サラ川」の投票が始まった。17文字に込められたこもごも…NHKラジオ土曜3時「ぼや川」にも様々な人生模様が映る。さて、寒さも底を過ぎ今年初の耕うん。この先8ヶ月、雑草との消耗戦が始まる。しゃ〜ない。生かされている代償、家長の務めだしな。ここは柔軟で小気味よくかつネアカな川柳にならってPOSITIVEしんきんぐ。未だ視ぬ「コーカサス3国」行きを糧に、エイエイオー!!




「虫歯になるからチョコは要らねぇぜ」とタンカを切りたいが・・・ま、その話は止めとこ。好天の下、「毎日歩こう歩数計Maipo」アプリは目標の124%を示した。ハムカツなどを買いに出たのが功を奏したようだ。給食なんぞが無かった中学生当時、揚げ物やパンが昼休みに売られていた。ソースで味をつけたコロッケが5円、いや10円だったかな?その肉屋は今なお健在、渋く商っている。スーパーもいいが、個人商店が有ってこそ自分が生きられる気がするんだよな。




第一回NHK紅白歌合戦、500円札の発行、日米安保条約調印、民放初のTBSラジオ開局〜そんな時代背景の昭和26年(1951)。おぎゃ〜と産声をあげた男女が中学を卒業したのは昭和42年3月(昭41=1966年度)のこと。昨夜はその1組〜7組の代表が宴を組んだ。前回40余、今回は25名とか。懐かしさと先行きがメインテーマだった。



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作成・管理:埼玉県杉戸町/栗原 しげる