参拾ウン年前の自分に逢いに北海道

9月4日。天気が今日、明日と雨の心配がないという。こちらに来てからいろいろなニュースが聞こえてくる。永田町界隈の辞任劇。一方、大雪山系では例年より10日も早くナナカマドが見ごろを迎えたという。また、紋別では昨日、今年の最高気温31℃を記録した。

  
朝、港はたらば蟹が水揚げされていた。漁は「まあまあ」とか。そばの漁協には「燃料価格を下げろ」とのぼり。大変さが伝わってくる。がっかりしたのは民宿の朝飯。完全な手抜きだ。出せばいい、という内容。コンビニ弁当に負けたな。9時半前、車を走らせる。

小清水から238号の稚内までは思い出の地。昨日と今日はまさに足跡をなぞるルート。ビート畑が広がった昨日と違い、今日は牧草の景色が多い。今日は稚内までゆっくり走るつもりだ。

オホーツク沿い道民の悲願であった鉄路の接続。自分では未接続区間が興部(おこっぺ)、雄武(おうむ)間と思い込んでいたが、雄武ー枝幸間であった。
雄武駅が廃止されたのは1985年。廃止された多くの他の駅同様、駅の跡地には行政出張所、地場産品販売所、観光案内所などが建てられている。しかし見た限りでは、活気があるとは言えない。

タイヤを回しながら思う。都市近郊に住む者から見れば、こんな立派な道路や空港、港は不必要、むしろ無駄と思える。維持管理にも年間、相当な負担が発生するだろう。しかし、そこで伝来の農や漁を守り、次代に託すため歯を食いしばり暮らしを営む人には大事な生活施設、生命線だ。

しかし大したもんだ、と我ながら想う。自転車で峠坂道をハアハア息を切らして登り、一日平均100キロを走ったんだから。やはりあの頃の自分を、褒めたい。

思い出した。この上り坂、熊笹の丘、オホーツクからの風。いよいよ最北、宗谷岬が近い。旧海軍の望楼からパチリの記念撮影。43キロ先に浮かぶサハリンの山並みが見てとれる。岬にはあの時と同じ歌が流れている。 稚内で札幌への夜行列車を待つ間、映画「エアポート73」を観たことを思い出した。そうしてみると今から35年近いこことがうかがい知れる。この日は「みんしゅく中山」にお邪魔した。稚内駅から徒歩5分、フェリー乗り場から近い場所だ。
夜はご多分にもれずお決まりの居酒屋。小さな店内、込んでいる。昼飯をちゃんと摂らなかったので珍しく定食、野菜炒めを頼んだ。お通しにビールと、濃い焼酎が出てきた。女っぷりはホドホドの女将、威勢のよさで繁盛と知った。

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