時の流れに身をまかせチェンマイ

 台湾出身で、世界を生きたテレサ・テン。1995年、タイ国チェンマイで死去した。42歳。気管支喘息の発作による呼吸困難が死因という。彼女の日本での足跡は、21歳の1974年「今夜かしら明日かしら」デビューから始まった。折りしも日本ではバブル経済の種がまかれた時期である。以降、カラオケブームが巻き起こり、「女心を謳う歌手」として爆発的なヒットを繰り返した。しかし、彼女には絶えず「事件」が付きまとっていた。台湾の政治的広告塔、パスポート偽造、、中国天安門事件糾弾集会参加、そしてエイズ疑惑である。彼女が生きた最後の場所はチェンマイ。タイの北部都市にある「インペリアル・メーピンホテル」。男心も揺るがす彼女の歌と人生を知ったとき、その没地を訪ねてみたいと考えた。今回、初めて地であるチェンマイ旅行などを記録したい。旅行期間は2004年12月26日〜1月1日である。

 

6時間半のフライトで12月26日夕、バンコク空港到着。
混雑のトランスファー(乗り換え窓口)の理由は、大地震という。
これにより南部、プーケットへの航路が閉鎖されていた。
チェンマイへの出発も定刻より1時間、遅れた。
チェンマイ空港からはタクシーでホテルをへ。100バーツ(300円)。
疲れたので直ぐ寝る。

  

翌朝、街をぶらぶら散歩。ゆっくり朝飯を食らう。
鶏肉入りスープ麺、海老入り炒飯、タイ風炒麺の三種、99B。

で、ホテルの紹介。「TAWAN COURT」、一泊500Bで三連泊する。
シャワー、冷蔵庫、ツインベッド、NHK衛星TVも映る文句なしの設備。
インターネットで探し予約。ネット書きこみのとおり、期待に違わぬ満足じゃ。

 

さて、観光について、思案する番である。ホテル近くの旅行社に立ち寄り、あれこれ。
流暢な英語、タイ語、日本語、ゼスチャー、照れ笑いと脂汗を駆使した結果、
これから4時間、タクシーを借りきり市内のお寺、有名な郊外のお寺を巡る。
二点目は今晩のディナーショウ。三点目に、明日のエレファントツアー一日コース。
以上600B、600B、1800B。お勘定、9,000円也でした。

 

さて、お寺めぐりは市内のチェンマイ寺からスタート。
ガイドブックの能書は、1296年の建立とある。63へェ〜。
木戸銭をとらない何ともありがたい。この分、檀家には負担になっているだろうに。

  

二番目は、チェデルアン寺。1411年に建てられ後の地震で壊れが、仏塔が偉容を誇る。
神様のシンボルである象が旅行者を見下げている。

三番目はブラシン寺。バチ当りなことだが、お寺見物もこの段階で胸焼けが催す。
いくら由緒あり立派でも、京都の修学旅行状態で、三本立て映画のように区別つかない。

今度は郊外の高台にあるドイステーブ寺へ。市内から車で25分余。
「ここに登るべし」、ガイドブックに背中を押されて来た。
キンキラキンでまぶしいばかり。信仰の深さが伺える。すげえ〜。

 

娘たちとチャットの約束をしていたが、思わぬ展開と渋滞とにより、裏切った結果だ。

ホテルに戻り、一息入れたら、ディナーショーに出かける。
迎えの乗合ワゴン車で10分ほど走る。郊外の大きなオープンエアレストラン。
ここで夕食、そしてタイ舞踊を観る。

 

飯は少ない、まずいと勝手に決めていたが、お変わり自由で、味もいける。
デザートもコーヒーも出てくるではないか。うれひ〜←貧乏人根性丸出し。

 

腹いっぱい満足。踊りも6場面ほどで客席も回り、愛嬌を振りまく。
見送りにもぬかりは無かった。踊りや、熱気球で最後まで楽しませてくれた。
3時間ちかく遊ばしてもらって一人300B。大満足の夜だった。

  

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