〜旅行期間:1999年5月1日〜5月9日〜

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今日でパリともお別れだ。旅行も最終日を迎える。
ベットからゆっくり眺めるソルボンヌ大学の屋根と空。

着替えを丸めて横に縦に、洗面用具はその上に・・・。10時過ぎ、荷造りに追われる。
11時チェックアウト。荷物を預けて、散歩に出かけよう。
まずリュクサンブーグ公園、サン・シュリピス教会から、サン・ジェルマン・デ・プレ教会、
そしてドラクロア美術館。途中の公園で、中華をテイクアウトして昼飯を食らう。

15時。ホテルから預けた荷物をピックアップして、RER・B線でドゴール空港に向かう。
ちょうどJALのチェックインカウンターが大阪行きと東京行きが切り替え時期と重なったため、
連絡バスに二回乗り換える破目となった。早めに出たため、そんなに慌てず済んだ。

出国手続きの後、エア・フランスと供用のJALラウンジで出発を待つ。
ウイスキーの水割りWで三杯。疲れもでたか、結構ヨカ気持ち。
一回目の機内食を食べてすっかり寝てしまった。
写真は、成田到着前の昼食。到着は定刻の5月9日、13時30分であった。


〜旅行を振り返って〜

今回は現地でホームページをアップロードしなかった。通常一枚のページ作るのに2時間は最低かかる。
そのため旅行の目的が不明確になってしまうし、何よりワイフの目が恐かった。
でもやっぱり「現地作」が勢いで作る気になれる。帰宅後ではやる気が失せるものである。

我が侭は一人の旅行で叶うもの。2日はミラノで地元AC Milanの試合があった。
「観たいんだけど、な」と軽く吐くと、「2時間もどうするの」の返事。嗚呼!!

旅行にはアクシデントが付きもの。始めにストライキで列車がストップ。
パリの宿屋の婆さんが痴呆気味で、私たちの部屋の鍵がなかなか出てこなかった。
三つ目は、ベルサイユ宮殿に入れなかったことだ。

そんな中、多くの出会いがあった。特に、国分さんと知り合いになれたことは最高の収穫。
あの急場に遭ってまさに「地獄に仏」と、いまでも感謝している。

この旅行の後も、ワイフの尻に敷かれた生活は不変です。
長々お付き合い頂いて、有り難うございました。お開き、といたします。