旅行期間2000年11月18日〜11月25日

嫁さん孝行はロンドン・マドリード

11月18日11月19日11月20日11月21日11月22日11月23日|11月24日

今日は帰国、できませんでした。
五分五分の望みをかけてメトロを乗り換え、空港へ。結果は満席でシティへ逆戻り。

26日の法事に備え、25日には帰国を果たしたい。
そのためには、24日にマドリードを離れなければならない。
アムステルダムから東京は座席確保がバッチリできているが、肝心のマドリードから
アムステルダム間のウエーティング状況がまったく動いていない。

1.一縷の望みをかけて、フライトの3時間以上前に空港に着き、チェックインカウンターが開くのを待つ。
2.カウンターが開き、ウエイティングリストの載っているので、キャンセル待ちでスタンバイしている旨を伝える。
3.「ウエイティングリストに無い」と職員。「いや、日本出発前から、またロンドンJAL事務所にも足を運び、リスト掲載がされている」。
4.職員の状況説明はこうだ。
@イベリア航空とJALの共同運航便。最低でもJALに15席割り振られている。
Aしかし、イベリア側が乗客要望が多い為、オーバーブッキングをして、JALにしわ寄せをした格好となり、11席しか与えられていない。
Bこの航空券の券種では、イベリアでの発券も不可。申し訳ないが、どうにも出来ない。

やりとりがフライト30分前まで行われたが、結果は「NO」。

「前から言っておいたのに、海外旅行で、大事な法事に出られないだと」。
婆さんの怒る顔がマドリード空港で目に浮かぶ。


<晩飯の親子どんぶりと刺し身の盛り合わせ/「秋」特製おにぎり>

一層重く感じられるリックを背負い、シティのソルに戻ってきた。
気晴らしに日本料理「秋」で丼物と刺し身をいただく。翌朝用におにぎりも頼んだ。

今夜宿は3000ペセタ。シャワーとトイレが共同である。夜中には3000ぺセタのホテルの意味がよく分かった。
外部からの音はしないが、ホテル内で話し合う声などがるさく、枕が落ち着かなかった。

おまけ編(11月25日)


<急きょの一泊先>

朝11時のチェックアウト。出発までの時間調整を兼ねて、近在を散歩する。


<バルでいかリング(フライ)をはさんだ朝飯を頬張る/市内の公園で>

スペイン時間11月25日午後5時20分、定刻一時間遅れで、マドリード・バラハス空港から経由地のアムステルダムを目指す。
2時間余でアムステルダム・スキポール空港の到着。ここで日本航空機に乗り換えだ。


<イベリア航空機/スキポール空港乗り換え>

成田到着は定刻の日本時間11月26日午後3時30分。
空港には28日に行われる「トヨタカップ」のレアル・マドリードの応援団が盛り上がっていた。
オラ!!セニュール、セニューラ

PS:次回は「家族五人ぐーたらワイキキ物語」を掲載予定です。

******** おしまい ********