1月6日1月7日1月8日1月9日1月10日1月11日1月12日1月13日1月14日1月15日

2000年の正月を達者で迎えられた。松が取れない6日、成田から大航海時代のイベリアに飛ぶ。
まず哀愁の街リスボン(ポルトガル)へ。そして夜行列車で情熱の街マドリッド(スペイン)へ動く計画だ。

初めての空港降り立つとき、初めての街を踏みしめるとき、ワクワクとソワソワが48歳の男を青年に還す。
旅行は遊びではない。ときに体力・気力、我慢のスポーツである。


安い。12月中旬の夕刊に「1月ヨーロッパ53,000円」の広告が目にとまる。航空会社はあのアエロフロート。
乗り気はしないが、背に腹は代えられぬ。案の定、予約はすんなりは入った。

出発前の夜は嬉しさと緊張で枕を高くして眠れない。運動会や遠足の、あの感じである。
高野台駅発8時38分、上野経由で、成田空港にはフライトの2時間前の11時到着。
搭乗客二〜三割スカスカのSU584便はモスクワに向けて、定刻の13時に成田を離れた。
そんな訳で、モスクワまではファーストクラス並みに、四つの座席を使ってベット状態であった。

モスクワ到着後、ここでリスボン行きに乗り換えるため、
寒く暗く無愛想な空港待合い室で2時間半の待ち合わせとなる。
相変わらずの不案内。15番ゲートが12番に、そして10番に表示もないまま変更。
ロシア製SU235便は定員四割程の乗客(日本人は私のみ)を抱えて
日本時間の7日午前2時、空路を南西に向けた。

眠い、疲れた。リスボン空港にやっとこ到着したのは22時(日本時間7日の7時)であった。
家を出てからここまで要した時間は実に23時間。なんでまぁこんな思いしてまで海外旅行に出るのかな?

これからもう一仕事だ。日本から予ねて予約しておいたホテルへタクシーで向かう。
眠っている訳には行かぬ。タクシーメータを誤魔化されないか、とんでもないところに連れて行かれないか、
緊張が走る。今日の宿「ペンサオ・アレグリア」(トイレ共同2000円)に辿り着いた。

01時(日本時間1月7日、10時)、シャワーを浴びた後、興奮で眠れない身体をムリヤリ横にした。
ポルトガル語はまだ知りませんので、日本語で「お休みなさい」。