イタリアに来て初めての朝、目覚めは6時。外はまだ暗い。30分後にカーテンの向こうが明るくなった。7時。時差と体力回復のため、メシだ。まずワインで喉を湿し、ごはんに味噌汁、梅干にふりかけをかっ込む。やはり、日本人だな。天気、よし。温度も夏日らしい。でも欲張らず、時差と体力調整に今日は努めよう。

 

長女の連れはイタリア人、ミルコだ。彼の運転で午前、街の中心にあるマーケットに買出し。外国人にとって見慣れない商品は新鮮に映る。ここガエタはまだ「昭和」の気質が残っている、という。魚はあの店、野菜はこの店で。顔馴染みはツケも利く、とか。その分、よそ者には警戒心が強いだろう。

毎水曜に開かれる市場。街の台所だ。野菜やオリーブ漬け、塩漬けの鱈に小魚、肉とチーズ、パンや菓子などが60店ほど。他に大規模な洋服の市場が隣接。路上の三越、伊勢丹、高島屋はオーバーにしてもマミーマート、しまむら。庶民にはありがたい存在に違いない。


狭い路地が続くお気に入りの旧市街。この「らしさ」が求めていた風景。生活のにほいに包まれる空間だ。地元に混じって中国、東欧などの移民の店も増えてきている。日当たりに恵まれないため不動産高騰のガエタにあってお安め物件だとか。

ここは湘南とみた。ローマやミラノ、遠くはドイツなどから夏、年末年始には多くのバカンス客が訪れる人気の場所。シーズンが過ぎた今でも浜辺にはパラソルが並び、海で遊ぶ人もいる。水温も冷たくはなかった。近年、10月でも遊泳可という。諸手を挙げ喜べない現実を図らずも突きつけられた。


<下はMirko(ミルコ)>
じゃ、多分、ここガエタで唯一のジャポネーゼを紹介しよう。彼女は小さな、しかし地元では名の通った旅行会社で働いている。国鉄切符の手配を始め、「一通りをこなしている」と同僚はいう。手前味噌と欲目以外の何者でもないが、働くその姿は輝いて見えた。

 

風変わりなポスター。実は自治会掲示板に張り出された訃報。「あそこの誰それが9月29日、死去」という感じかな。ネットはもちろん電話などがない時代、人々はこれを見て「あんれま、そうなんかい」とお悔やみに駆けつけたのだろう。
午後2時過ぎに昼飯。酒屋で仕入れたビール3本(小瓶)をキュッとひっかけてから、鍋で炊いたごはんを生ハムとふりかけをおかずにいただく。満足。食後は単独シエスタ。19時までしっかり寝てしまった。

晩飯、それが食べない主義の自分。その代わりにささやかにビールをいただく。持参の「柿ピー」が美味い。22時、こそこそベットに身体を倒すとしよう。